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東京地方裁判所 昭和24年(ヨ)1825号 決定

申請人

全日本金属労働組合東京支部鉄道機器足立工場分会

右代表者

委員長

被申請人

鉄道機器株式会社

主文

被申請人が昭和二十四年六月二十八日別紙目録記載の申請組合員に対してなした意思表示はその効力を停止する。

被申請人は同年七月七日申請人に対して通告した作業所閉鎖をしてはならない。

申請人のその余の申請はこれを却下する。

理由

申請人の本件申請は左の如き仮処分命令を求めるというにある。

(イ)  被申請人が昭和二十四年六月二十八日別紙目録記載の申請人組合員に対してなした解雇の意思表示はその効力を停止する。

(ロ)  被申請人が同年七月七日申請人に対して通告した作業所閉鎖の通告はその効力を停止する。

(ハ)  被申請人は申請人組合員が被申請人会社の建物に出入し、その業務に従事することを妨げてはならない。

右申請に対し、当事者双方提出の疎明資料に基く、一応の事実認定及び法律上の判断の要点だけを左にかかげる。

第一、被申請人は鉄道車輪関係の機械器具の製造等を業とする株式会社で東京都に足立工場、富山県に富山工場を有する。

申請人は被申請会社足立工場の従業員をもつて組織する労働組合で、その組合員はすべて全日本金属労働組合(以下全金属と略称する)の組合員である。

右全金属の前身である全日本機器労働組合(以下全機器と略称する)は昭和二十一年十一月三十日右足立工場の組合員のため被申請人と労働協約を結んだ。その協約には次の如き趣旨の条項がある。(第一、四、五、七乃至十、十二乃至十五条は省略する。)

二、賃金は生活費を基準とする最低賃金制を認める。即ち当分の中、最低、成年男子七百二十円、未成年男子四百六十五円とし、婦人は之に準ずる。なお給料の基準は組合代表と会社代表とで別に定める。

三、労働時間は原則として一日就業時間八時間、実働時間七時間とする。

六、従業員の雇入解雇及び人事の異動は会社が行う。

但し組合が組合員の利害に関し重大な影響があると認めた場合はこれを拒むことができる。

十一、この工場内の就業規則給与規定その他の諸規定の制定変更廃止は組合の同意の上これを行う。

十六、この協約の有効期間は昭和二十一年十一月三十日から向う六ケ月とする。

十七、期限になつても双方から変更又は終結の意思表示がない時はこの協約は自動的に向う六ケ月その効力を延長する。又期限になつて変更又は終結の意思表示があつた時でも新規協約が成立するまでこの協約はその効力を失わない。

但し一方より変更又は終結の意思表示があつた際は他方は誠を以て直ちにこれに応ずることにする。

十八、期間中に会社又は組合が名称を変更したり他と合併したりした時でもこの協約の効力には変りがない。

申請人は右全金属(当時全機器)の下部機構として、その方針と意思に反しない限度においては、全金属に代つて右協約の定める給与期準の決定、解雇に対する拒否、給与規定の変更に対する同意等をする権原を委せられていると推認される。而して右協約については、昭和二十四年六月七月になつて被申請人から申請人に対し「改正労働組合法にもとづいて同月末より労働協約について協議したい」との申入があるまで全金属と被申請人の双方から何等変更や終結の意思表示がなかつたので前記第十七条の規定により、昭和二十二年五月三十日、同十一月三十日昭和二十三年五月三十日、同十一月三十日そして最後に昭和二十四年五月三十日から夫々向う六ケ月その効力を延長し、結局右協約は少くとも昭和二十四年十一月二十九日までは有効に存続するものと解する。

申請人は被申請人と昭和二十三年十一月十九日附覚書を以て同年十月度以降の賃金につき、足立工場の基準生産高月額百八十五万円に対し、平均九千円(但し工場長及部長を除く)基準生産高以上を生産した時は超過生産高の十二パーセントの奨励金を支給する旨の協定をした。

被申請人は昭和二十四年六月七日、申請人に対し、経営上の理由から、従業員数を約二割減少(現在員五十九名中十一名を整理)すること及び給与基準を改訂(標準生用高月額百五十万円に於て平均月収七千五百円(工場長及び部長共=即ち現給与の二〇パーセント減額となる)することにつき申請人の諒解を求め、数次折衝したが妥結せず、被申請人は同年六月二十八日別紙目録記載の申請人組合員十一名に対し解雇の意思表示をなした。そして、右に対し申請人が争議手段としていわゆる生産管理を行う恐れがあつたのと、申請人をして前記給与基準改訂案を承諾せしめるため、被申請人は同年七月七日申請人に対し作業所閉鎖を行う旨通告した。

第二、先ず右解雇の当否につき、按ずるに、前記協約第六条は従業員の解雇権は被申請人にあるが、組合員の利害に関し重大な影響のある解雇については組合(全金属)の同意なしには行わないというに等しい。とすれば別紙目録記載の十一名に対する解雇は申請人(を通ずる全金属)の同意拒否にもかゝわらず行われたもので無効といわざるを得ない。

尤もそういつたからとて被申請人が従業員を解雇するには、どんな場合でも絶対的に組合の同意を得なければ行えないというわけではない。会社企業の維持存続のためには解雇が絶対に必要であるというような万已むを得ない事情があるにも拘わらず、組合が正当の理由なくして同意を拒むなら、組合の同意なきまゝ解雇することが出来ると解する。

ところが本件の場合被申請人が右十一名を解雇した主な理由としてあげるところは国鉄における公開入札制度の実施(従来は指名入札制度)、昭和二十四年国鉄予算の縮減による発注の激減(前年度の約六十パーセント)に伴つて業界の極度の競争と製品販売価格の著しい低落を来たし、その結果従来受注及び販売の九割までを国鉄に負つていた被申請人としてはその経営事情が急激且深刻に悪化し、かゝる危機に際会して今後の経営を持続するには人員整理と賃金引下が絶対に必要だというにある。

程度の差はあれ右のような経営事情の悪化は申請人もこれを認めている。

然しその影響が被申請人の経営に現実にあらわれて来たのは近々昭和二十四年五月頃からであるからその対策としては被申請人の選んだ人員整理と平均二割の賃下げというような従業員の生活に直に影響する方法でなく、例えば人件費以外の節減技術の向上能率の増進等により、又私鉄等一般の民需方面の受注獲得の努力によつて、あるいはこの危機を乗切る可能が絶無とは未だ断じかたく或はその間国鉄発注の増加や業界における競争の緩和等による製品販売価格の上昇というような経営事情の好転も必無とは断じがたい。

申請人も従来の折衝において被申請人に対し、この難局に処すべき対策を協議し危機の打開に協力しようと申入れ賃金も暫定的に一割減額まで承認しようと提案している。被申請人会社の足立工場は従来その従業員の労働意慾が比較的強く、富山工場に比して生産実績も相当高いものであるから、その協力の効果をむげに否定し去ることは妥当といえまい。それに被申請人は最近まではとも角も大した収支の破綻なく経営を続けて来たようであるから、当時申請人の申入れに応じて対策を協議し暫くはそうした努力を試みても、それがため直ちに企業の存続が危くなるという程事態が切迫していたとは思われない。

勿論そうした努力だけでは所期の効果があがらず当分は収支均衝の経営は望めないかも知れないが、いやしくも解雇しないという前記の協約が存している以上暫くは解雇を見合わせてその他の方策により、困難な経営を堪え忍んで窮境の打開に努力すべきである。そうした努力にもかゝわらずなお経営の困難が打開できず企業維持のためには人員整理の外に途がないということが納得されゝば申請人(を通ずる全金属)も解雇に同意するに至るであろうし、もしそれでも同意を拒むならばその同意なきまゝ解雇し得るといゝ得よう。

然るに被申請人がそうした難局を乗切るための真剣な努力を尽したこと、或いは又そうした努力だけでは到底難局打開の見込がなかつたこと、或はそうした余裕がなくて直ちに解雇する以外には経営維持の方法がないという程事態が切迫していたことは本件においては十分疎明されていない。とすれば解雇は被解雇者にとつて、直ちに死活の問題となる現時の壮会情勢にかんがみ、申請人が本件十一名の解雇に同意を拒んだことを以て直に正当の理由なき拒絶とはいい得ないのであつて、被申請人が申請人(を通ずる全金属)の同意を得ないで為した右解雇は無効といわねばならない。

既に右十一名に対する解雇が無効で同人等は依然被申請人足立工場の従業員たる地位を有するのに、被申請人がこれを争う以上右十一名の従業員たる地位の存否は、同人等にとつて直ちに死活の問題であると共に申請人組合自体にとつてもその解雇問題や賃金改訂問題等につき、被申請人と重大交渉の段階において、右組合員を失う結果になるか否かの緊急重大の問題でありいづれにせよ本案判決の確定まで右地位の存否の確定を待てば、著しい損害をこうむるものと認められる。よつて右十一名の従業員たる地位の保全を求める前記請求趣旨の趣旨(イ)記載の仮処分申請はその理由あるものとする。

第三、次に被申請人が昭和二十四年七月七日申請人に対し通告した作業所閉鎖の当否について考察する。

右閉鎖の通告は、被申請人としては、同人が前記のように申請人組合員十一名を解雇したことに対し、申請人がこれを撤回せしめるため争議手段としていわゆる生産管理を行う恐れがあつたのでこれが予防のためと、申請人をして、被申請人の要求する前記給与基準改訂(現給与基準の二割減額)案を承諾せしめるために、被申請人側からする争議手段として行つたものである。

果して申請人は被申請人が生産管理を予防しようという意図にもかゝわらず右作業所閉鎖の通告に応じないで現に工場を占拠し作業を継続しているようである。

然し、申請人の右争議行為の当否はしばらくおき、これよりさき、被申請人は昭和二十四年六月二十八日本件十一名の解雇を強行しており、その解雇が前記協約第六条に違反することは既に述べたところから明かである。

そして更にそれより先、被申請人は同月二十六日申請人に対し「同月三十日までに前記給与基準改訂案の同意が得られないときは同日をもつて作業所閉鎖を行い、それでもなお七月三日までに同意が得られないときは、申請人組合員を全員解雇する。」旨予告しているが右賃下要求を貫徹するための争議行為が協約に伴ういわゆる平和義務に違反するものであることは後述するところである。

被申請人としてはすべからく右解雇を徹回し、作業所閉鎖というような不当な威嚇なしに賃下の交渉をなすべきであつたというべく、そうすれば恐らく申請人の争議行為も生じなかつた筈である。当時すでに被申請人の側に右のような不当のかどがある以上これに対し申請人が違法な生産管理を行う恐があつたということのみでは右作業所閉鎖を正当化する理由となし得ない。

給与基準については、前記協約第二条、第十一条により給料の基準の決定や給与規定の変更につき全金属の参加(一種の経営参加)を認めているそして協約第二条における当初の定めは当分の中最低、成年者七百二十円未成年者四百六十五円とするというにあつたが、前記の如く昭和二十三年十一月十九日申請人が被申請人との協定で同年十月度以降の賃金を基準生産高月額百八十五万円に対し平均九十円と定めたのは、申請人が全金属の委任に基き右協約にいわゆる給料の基準を変更決定したものというべきであり、従つて協約の有効期間中に被申請人がこれを変更する目的で争議行為をすることいわゆる平和義務に違反するものといわねばならない。(但し右協約第二条の規定はインフレ激化の経済情勢の下に賃金値上の必然を予想して当分の間の最低賃金を定めたものと解され、一たん給与基準を別に定めたら組合も協約有効期間中はこれが引上を要求しないという趣旨は認められない)。

経済九原則の実施国鉄における予算の減縮公開入札制の実施等により被申請人の経営事情が悪化し困難になつたことはこれをいなめす、従来の基準による賃金では或は収支相償う経営は当分望みがたいかも知れない。然し一たん前記協約第二条を以て基準の決定に全金属の参加を認め、その委任にもとずく申請人との協定で前記給与基準を定めた以上、協約の有効期間中は全金属(乃至はその委任に基く申請人)の同意なくして右給与基準を一方的に変更することは許されない。

むしろ組合側としてはそうした経済情勢の変化や経営事情の悪化に伴い直ちに会社が賃金値下を要求しがちでいきおい争議の発生する恐れがあるので、そうした不利を防止しようというのが右条項の一主眼であると考えられる。

尤も前記の如き経済情勢の変化から、現給与基準の継続が直ちに企業の存続を危くする程被申請人の経営事情が悪化したとすれば、そしてそれにも拘らず申請人(を通ずる全金属)が理由なく右給与基準の改訂に同意しないなら或いは被申請人の主張するように事情変更の原則により右給与基準に関する約款は失効すると解し得よう。然し申請人も前記のようにある程度の事情の悪化は一応これを認め、その難局打開に協力すべく申入れ右給与基準についても暫定的に一割減額までは承認しようと提案しているも、しかも右一割減額の程度は必ずしも之を固執するものでなく、被申請人の更に詳細な経理事情の説明によつてはなお検討協議の用意ある旨を申し添えている位であり却つて被申請人の提案にかゝる現給与基準の二割減額が会社企業の存続上絶対且緊急の必要に迫られたものであることの疎明が不十分である。従つて申請人としては必ずしも理由なく給与基準の改訂に同意を拒んでいるものということはできない。とすれば被申請人が申請人に対してなした本件作業所閉鎖の通告は結局前記労働協約所定の解雇と賃金に関する条項の趣旨にもとり、被申請人が不当にこの解雇を賃下要求を貫徹せんとする争議行為で協約に伴ういうゆる平和義務に違反する不当な争議行為といわねばならない。

而してこの不当な本件作業所閉鎖については申請人においてこれが禁止を求め得べきものと解する。既に右作業所閉鎖の禁止を求める本案請求権が肯認されるとすれば、仮処分により今直ちにその禁止を求める必要性のあることは以上に述べた諸事情と現時の社会情勢から殆んど多くを言う必要がないであろう。申請人の前記申請の趣旨(ロ)記載の仮処分申請も亦これを認容すべきものとする。

第四、最後に申請の趣旨(ハ)記載の申請について考察するに、前段で説明したように、被申請人の通告した作業所閉鎖が不当であるとしてその禁止を命ぜられる以上被申請人は速やかにこれを徹回して他に特別の事情がない限り申請人組合員をしてその工場建物内に自由に出入し、従来の業務に従事せしむべきである。

然し被申請人が他に何等かの理由で或は更に何等正当の理由もなくして、被申請人組員の出人や従業を肯んじない場合でも、申請人組合員が被申請人の意思に反して勝手にその工場に出入し、その指揮命令をまたずに勝手に従業することは特別の理由がない限り許さるべきでない。

一般に申請人組合員に就業請求権があるが、被申請人にその従業員を就業せしむべき義務があるかの点はしばらくおき、少くとも本件における限り申請人組合員が仮処分命令に基く強制によつてまでその業務に従事せねばならぬ必要性はこれを認め得ない。

けだし前記により本件十一名の解雇の効力が傍止され作業所閉鎖の禁止が命ぜられる以上、この決定が取消されない限りは、被申請人が申請人組合の就業を拒んでもその責は一つに被申請人に帰し、申請人組合は、他に特別の事情がない限り、所定の賃金の支払を請求し得べき筋合であるから、申請人組合員が本案判決確定までに蒙むるべき著しい損害を避ける仮処分の目的はそれで一応達し得るものというべく、従つて申請人組合員が被申請人会社の建物に出入することも、それが特に、組合活動のため緊急欠くことのできない必要事であるというような特別の事情が疎明されない限り、一応仮処分の理由がないものといわねばならない。殊に本件の場合、申請人組合員は作業所閉鎖の通告にもかゝわらず、現に右建物に出入しているのであつて、その作業所閉鎖もこれを不当として禁止を命ぜられた今、直ちに更に、申請人主張の(ハ)記載のような仮処分命令をする必要はないものと考える。

よって申請の趣旨(ハ)記載の仮処分申請は却下すべきものとする。

当事者適格の問題その他の詳細な点についての判断は異議の申立があつた場合、更に審理の上この決定の当否を決する際に述べることゝする。

別紙目録省略

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